「ねえ、大王。大王はあたしが輪廻であなたの前から居なくなったら、あたしのことを忘れてしまうんですか?」


面倒くさそうに書類を見つめていた大王にあたしが尋ねると、彼は一瞬キョトンとした後に「忘れないよー。」と笑いながら言った。「本当に?」とあたしがもう一度尋ねると、彼は書類から手を放し、私の目をじっと見つめた。


「本当に本当。俺はこれでも冥府の王だよ?それにほら、俺の命は永遠で朽ちることはないけれど、人っていうのは死んで再び生まれ変わっていくうちに忘れられてしまうだろ。だからその人のことを覚えていられるのは俺だけだから、今まで見てきた人のことは全部覚えているんだよ。だからちゃんのことも絶対に忘れないよ、約束する。」
大王はそう言うと、大きな手のひらであたしの頭を撫でた。あたしが「ありがとうございます。」と礼を言うと、笑顔で「どういたしまして。」と言った。 大王は仕事をサボッたりしてよく鬼男君に怒られたりするけど、嘘をついたり、約束を破ったりするような人ではないから、きっとずっとあたしのことを覚えていてくれるんだろう。


でもそれならば、大王のことは一体誰が覚えててくれるんだろう。毎日毎日たくさんの人が死んで、ここへやって来る。けれどその数え切れない人たちも、生まれ変わってしまえば大王のことなど忘れてしまうのだ。もちろん、あたしも。そのとき一体、大王はどんな顔をしているのだろう。どんな気持ちなのだろう。悲しいのかな、切ないのかな、寂しいのかな。それとも、もう慣れてしまって何も感じないのかな。もう大王にとって忘れられることは当たり前になってしまったのかな。あたしだったらそんなの耐えられないに違いない。だって、会ったことがあるのに、その人のことをちゃんと覚えているのに、相手はあたしのことなんて何一つ覚えていないのだ。もし、大王が記憶喪失になったとして、あたしのことをちっとも覚えてなかったとしたら、あたしはもう死にたいくらいに悲しいし怖い。きっと世界に独り残されてしまったような絶望感に襲われるだろう。


あたしは大王の下で働いて、長い間側にいて、沢山の表情を見せた。大王はそれを忘れないでいてくれるのに、あたしは大王に何もしてあげられないのだ。今は一緒にいるけれどあたしもいつかは転生する身だ。あたしも、鬼男君もいなくなってしまったら大王は独りになる。暗くて悲しい孤独の中で永遠に死者を裁き続けるのだ。永遠とは一体どれほどの長さなのか、あたしにはちっとも見当がつかない。そんな気の遠くなるような時間を大王は独りで過ごすのだろうか。


そんなの嫌だ。冥府の王でも、永遠の命があっても、大王は少しドジで、面倒くさがりで、でもすごく優しい普通の人なのだ。どんなに孤独を味わったって慣れることなんて決してないのだ。一度誰かと触れ合ってしまったなら尚更。


「大王、人の願いは想う気持ちが強ければ叶うと思いますか?」
「うん、そうだね。俺はきっと叶うと思うな。人の想いほど大きな力はないからね。」


「じゃああたしは、生まれ変わっても大王、あなたの元に戻ってくるようにずっと願っています。大王があたしを忘れないのなら、あたしも大王を忘れません。忘れないよう、強く想い続けます。」


あたしが大王の目を見てゆっくりそう言うと、大王は目を丸くした。それから再びあたしの頭を撫でながら言うのだ。
「じゃあ、俺もちゃんのことをずっと想っているよ。」
あたしの大すきなその笑顔で。


トンネル

 

    終わり