「準さんが部活に出てこないんです」そんな内容のメールを利央から受け取ったのはつい昨日のことだ。本当はもっと必死な感じだったが要約すると「準太が部活に出てこないから説得して欲しい」とのことだった。なんで私が、とも思ったが恐らく他の部員が説得しても駄目で、最終手段として私に頼んできたのだろう。 準太が最近部活に出てないらしいことはなんとなく知ってた。理由も何となくわかる。というか先日の試合のせいに決まっている。県大のシードで1回戦負け。私だってまさか負けるとは思っていなかった。泣きじゃくる桐青部員と雨の降る球場を思い出す。思い出すだけで、私にも悔しさがこみ上げてくる。 辛いんだろうということはわかる。苦しいんだろうと思う。でも時間は少しも待ってはくれないのだ。準太が落ち込んでる間も大会は続くし、負けた高校は次の大会に向けて再び練習に励むのだ。 放課後、授業から解放された生徒たちの賑やかな声が学校を包む。部活に行く人、委員に行く人、勉強する人、その中で一人ふらりと教室を出ていく背中を追った。 「(そっちはグラウンドの方向じゃないだろーが。)」 前を行くその背中はどこか寂しくて、私の知っている準太じゃないように思えた。彼はすたすたと外を見向きもせずに歩いていた。彼は階段に向かい、降りて帰るのかと思いきや、さらに上がり屋上へと向かった。私も静かにその後を追いかける。 キイィと嫌な音を立てて扉が開く、その音で私に気付いた準太は驚いた顔をして振り向いた。 「…?」 私は「やあっ。」と手を挙げて、準太の隣までやってきた。準太はまだ驚いた顔をしている。 「おまえ…、なんで…?」 「いや、それさー、こっちの台詞だから。」 「は、」 「部活にも行かずに何してんのさ、準太くん。」 私のその一言で呆けていた準太の顔が、だんだんと私を睨むようになる。うむ、面白い。 「利央にでもなんか言われたのかよ。」 「正解。本当は面倒くさいからやだったんだけど、利央があんまり必死に頼むからさー。おせっかい、してみることにした。」 へらり、と私が笑うと準太はますます眉間にしわを寄せた。 「いつまでうじうじしてんのさ。準太らしくもない。」 私がきっぱり言うと準太は少し俯く。 「…」 「みんなに心配かけて、部活さぼってたってどうにもならないよ。」 「… …るさい」 「へ?」 私が顔をのぞこうとした瞬間、準太はバッと顔を上げた。目は少し赤くて、こんな準太は初めて見た。 「うるさい!にはわかんねえよ!」 びっくりした、単純に、驚いた。準太に大声をあげられるのは初めてだった。そもそも準太がこんなに落ち込んでいるところを見るのが初めてだった。こんな顔を見るのも初めてだった。そしてこんな顔をさせたのは私なのだ。 私は若干気圧されながらも、準太から目を離さず向き合う。そして一つ深呼吸をして、言った。 「わかるよ。」 「、」 「わかるよ、私にも。」 「…っ!」 キッと準太の鋭い眼差しが私を射ぬく。 「お前に何がわかるんだよ…!」 準太はぎゅうっと強く拳を握りしめ、私を睨み付けたまま叫んだ。けれど、私はその顔に、瞳に、苦しさと悲しさが滲んでいるのを知っている。その叫びが悲痛なものであると知っている。 私は彼から目を離さなかった。 「わかるよ、私にだって。私だって運動部のはしくれだから。準太が今苦しくて、辛くてしょうがないの、わかる。」 「…、」 「頑張って練習する程、必死に打ち込む程、負けちゃったとき悔しいの、わかるよ。自分が情けなくなって、むかついて、どうしようもなくて、泣きたくないのに涙が出てきたりして。こんな思いするくらいなら頑張んなきゃ良かった、って思うんだ。」 「 」 「でも準太は良かったじゃない。」 「…なに、」 「良かったじゃない。だってあんたはまだ1年ある。まだここで野球ができる。和さんたちは出来ないけど、あんたはまだ出来るんだよ!」 「それ、は…」 準太はもう睨んではいなくて、ただ苦しそうな顔をしていた。多分、私も今、準太と同じような顔をしているのだろう。 「だから準太は頑張んなきゃだめだよ。しっかりしなさいよ、エースなんでしょ。ぼー、っとしてるとどんどん他の人に抜かれちゃうわよ。」 「でも、俺は…」 視線を泳がせて何かを言いかける準太を、今度は私がキッと睨む。 でも、とか、だけど、とかそんな言葉を使うのは準太じゃない。 だって準太はいつだって頑張ってた。馬鹿みたいに必死に野球してた。そんな準太だから好きになったんだ。 「負けて悔しい気持ちがわかるなら、勝って嬉しい気持ちも知ってるでしょ?頑張れば頑張るほど、負けたとき死ぬほど悔しい。でも頑張れば頑張るほど勝ったとき死ぬほど嬉しい。負けたときなんか比べ物にならないくらいにさ。そうでしょ?」 私の問いかけに答えるように、彼はふっ、と顔を上げた。苦しそうな顔だった。 「、俺さ、怖いんだ。」 苦しそうな顔をしたまま、彼は小さくそう言った。消えてしまいそうな声だった。 「頑張って、頑張って、また負けたときに、またこんなふうにぷつんと駄目になるのが怖い。」 そう言う彼の声は少し震えていて、やっぱりどこか消えてしまいそうで、私はぎゅっと彼の手を握り、目を合わせた。 「大丈夫。準太なら大丈夫。」 「なんで、」 「根拠はない!でも大丈夫なの!だって私ずっと見てきたもん。準太がいつもいつも頑張って練習してたの。一人で残って練習してたのだって知ってるんだから。だから大丈夫。準太はきっともっと強くなるし、ずっと桐青のエースだよ。負けたって、その悔しさの分だけきっとまた頑張れる。私の知ってる準太はそういう人。優しくて、人一倍頑張ってて、皆と野球するのが誰より大好きな人。だからもうつまらないことを考えるのは止めにしよう?準太はそんなことよりやることがあるでしょう?」 私は準太の手を握りしめたまま、彼の返事をじっ、と待った。 僅かな沈黙ののち、彼はふっ、と笑った。いつもの準太の笑顔だった。 「そっか。 うん、そうだな。 の言うとおりだ。」 「うん。」 「俺、頑張るよ。」 「うん。」 「また、頑張って、今度は勝つよ。」 「うん!」 準太は笑いながら、私の頭をなでた。 ああ、いつもの準太だ。優しくて頑張り屋さんないつもの準太だ。 準太はすっと立ち上がると、「皆に謝りに行かなきゃなー」と苦笑いした。 大きなその背中を見て、きっと彼はこれからもっと強い人になるんだろう、と思った。
心の着地点
だって私が好きになった人だもの
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