白い壁、白いベッド、白いカーテン、白いナース服、白衣、。病院というのはどうしてこんなにも白で溢れているのだろうか。清潔感はあっても生きてる心地はあまりしないのではないか、と俺は思うのだけれど。だけどそのおかげで窓から見える青い空がいっそうきれいに見えるのは悪いことじゃあない。俺は視線を窓から彼女へと移す。彼女の肌も白かった。きっと彼女はこれから病院の一部になるように真っ白になっていくのだろう、と俺はあまりにも非現実的な淡い願いを抱いていた。死んで暗い土の中へ行くよりも、その方がよっぽど彼女に似合っていると思う。 「孝介。」 彼女の細い声が俺の名前を呼ぶ。俺は視線を彼女の黒く深い瞳に合わせて次に続く言葉を待つ。 「わたしね、夢があるのよ。夏の、あついあつい日にね、真っ白のワンピースを着てね、お花畑にいくの。お花畑にはね、きれいなお花がたくさんあるの。どこまでいってもそれが続いてるの。わたしはそこで真っ白のワンピースを着て、真っ白なくつを履いて、真っ白の帽子をかぶっているの。くるくるくるくる踊って、まわって、それから、それからね、」 「銃で撃たれて消えちゃうんだろ?」 俺が彼女の言葉の続きを先回りすると、彼女は大きな目をさらに丸くして俺を見つめた。 「うん、そう!撃たれて消えちゃうの!すごいね、孝介もおんなじこと考えてたんだね!」 「・・・ ああ、 (ちがうよ、だって昨日もその前も、もう何度もその話は聞いたから。)」 「心臓をね一発で打ち抜くの。心臓は眠るように静かに動かなくなっていって、真っ白のワンピースは赤にかわるの。ゆっくりゆっくり、ゆっくりゆっくり。まわりの花も一緒に染めて。きれいなものにつつまれてわたしはきえていくの。」 最後の言葉を言うとき彼女はいつも目を細めて優しく笑うのだ。その目は死を目の前に捉えているような、死よりももっと先の何かを見つめているような、俺には出来ない目だった。命は限りがあるから美しいというけれど、本当にその通りなのだと思う。事実、目の前の彼女はあまりに脆く、儚く、それでいてあてのない永遠を感じさせるのだ。美人薄命とはよく言ったものだ。できることなら俺が生きているうちは消えないでいて欲しいと思っていたのだけれど、それは随分と無理な話だったようで、ふわふわと笑う彼女がもうすぐ消えてしまうことを俺は知っている。どう足掻いてももうどうにもならないことは、先日彼女の担当医から厳しい顔で言われた。多分彼女も分かっているのだ。だから「夢」の話を何度も何度も繰り返すのだ。 でも、もうそれも終わりだ。 俺は彼女の夢を叶えることに決めた。彼女には暗い土の中へ行くよりも、白の中へ溶けてしまう方が似合っているのだ。 俺は彼女の白くて細い、生きた心地のしない腕に触れた。彼女は手元を見て、それから再び視線をあげて微笑むと口を開く。 「わたしね、夢があるのよ。夏の、あついあつい日にね、真っ白のワンピースを着てね、お花畑にいくの。」 彼女は先程と同じテンポで同じ言葉を紡いでいく。それが永遠に続けばいいと、思わずにはいられなかった。 「くるくるくるくる踊って、まわって、それから、それからね、」 「、 俺が夢を叶えてやるよ。」 彼女の言葉をさえぎってそう言うと、彼女は大きな目をさらに丸くして俺を見つめた。 「花畑に行こう、。遠くて、誰もいないところに。」 「、うん」
白の消滅の先には
戦う術も、逃げる術さえも無かったから幼い私たちはあの日きえたのだ
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