週末ばあちゃんの家に行っていたため、今日は学校まで電車で行くことになった。ばあちゃんの家は学校から離れているから1番早い電車に乗らなければ間に合わない。てっきり車で送ってくれるもんだと思っていた俺は「朝早く起きれないからムリ」とぐでんぐでんに酔っ払いながら言ったおじさんに軽く殺意を覚えた。あんな大人にはならないようにしたい。

時刻は5時15分。まだ電車が来るまでには時間があったけれど、とくにすることもないので改札をぬける。あくびを一つしたところで、自分の他に人がいるのに気付いた。


?」
「・・・ ・・・ いずみ、くん?」


ひとり電車を待っていたのは、何の偶然か、頭がおかしいことで有名なだった。顔は可愛いしスタイルもいいのに、頭が残念なために人が近寄らない。実際俺も一度も話したことがないし、近づこうと思わない。「あたしと一緒に魔法使いにならない?」なんて笑顔で話しかけられて面白半分で話に付き合った男子が「神に血を奉げるの!」とカッターで切り付けられそうになった事件はもはや伝説だ。にこにこと微笑みながら「グッドモーニング!」なんて言ってきたの考えてることはさっぱり分からないが、とりあえず今分かるのは、朝のニュースの占いでアナウンサーのお姉さんが満面の笑みを浮かべながら言った「今日一番運が悪いのは射手座のあなたです!」というバッドニュースは大当たりになりそうだということくらいだ。



話しかけるんじゃなかった、と今さら後悔してももう遅い。無視しようにもはにこにこと俺を見てくるし、他に人は一人もいなかった。大体なんだってこいつはこんな朝早く駅にいるんだ。部活にも入ってないくせに。


「野球部は朝早くて大変だね。いっぱい練習してるよね。あたしよく見てるんだよ。すごいよね。ボールがビュンッていって、カキーンて撃たれて、ビューンって飛んでいって、スパッってあのおっきい手袋に入るの。早くてずっと目で追ってると目が回っちゃうの。泉くんたちはよく目が回らないね。ずっとやってるから慣れちゃったの?すごいね魔法みたい。」


にこにことした表情を一切変えずに、一気に話し、最後は魔法みたい、だなんて言ったに俺は何と返していいかも分からず。「ああ。」と適当にうなずいてしまった。途端、の目がパアッと輝いて、俺はしまった、と思った。うなずくんじゃなかった。そもそも返事をするべきではなかった。
はぐん、と俺に近づいて。「やっぱり!」と嬉しくて仕方がないといった感じで声を上げた。そしてその先に続く言葉を予想して俺は少し眩暈がした。


「やっぱり!魔法が使えるんだね、泉くんは!」
「え、いや・・・」
そんなもん使えるか、と心から叫びたいけど、言ったところで彼女の耳にはかすりもしないのだと思うと虚しくなる。彼女は肯定の言葉しか知らないのだ。後はそこに自分の思い描く世界さえあればいい。例えばそう、なんでも出来る魔法使いがいる、とか。


「ねえ、見せて!魔法!見せて!」
目をキラキラさせながら迫ってくるに、顔を引きつらせる。純粋で無垢で、悪く言ってしまえば愚かなその瞳に迫られると、恐怖すら感じる。「見せてやるよ。ただし条件があるけどな。」やけくそになって、そんなことを言うと「なに?条件」と更に目を輝かせて聞いてきた。どうせ魔法使いっぽい、とか思ってるんだろう。


「血が必要。しかも沢山の。今用意できないだろ?てことで、また今度な。」


俺は早口でそう言うと、と距離を置いてもう絶対に返事もしない、と心に誓った。はといえば、真剣な表情で考え事をしていた。血を集める方法でも考えているのだろうか。あの事件を思い出してついあんなことを言ったが、魔法を見たい、という一心で血を探し求めるを想像して、また眩暈がした。もう遅いかもしれないけれど頼むから本気にしないでくれ。

 

ガタンガタン・・・・・・

 

遠くから救いの音が聞こえた。時計を見ると5時25分。電車のライトが見えてきて俺は胸をなでおろした。今までに10分間がこんなにも長く感じたことは無かったと思う。もう二度とやつとは話したくな「泉くん。」


急に話しかけられ、何事かと振り向くと、はにこにこしながらホームから落ちてしまいそうなギリギリの場所に立っていた。電車を待つときは危ないから黄色い線の内側だろ、外側だよそこ。落ちるって、落ちるって、轢かれるって。電車の音が大きくなってきて、眩しいライトはみるみる近づいてきた。は更に前に進み、ローファーの半分がホームを出る。冗談はよしてくれ。そうだ冗談だ、またからかってるんだこいつは。

 

「泉くん。」
相変わらずにこにこと綺麗な笑顔を浮かべたまま彼女は、
「血がいっぱい出たら、魔法見せてくれるんでしょ?」

 

さっきまで目の前に居た人間が消えて、プシューっと電車のドアが開いた。
運転手が慌てて出てきたり、乗客が叫んだり、線路が赤い何かで染まってるのも、
ぜんぶぜんぶ気のせいだ。

 わ
  り
   の
 切
  り
   取
    り
     線