ざー・・・ ・・・ ・・・
朝から降り続いている雨のせいで顔に張り付いてくる髪の毛が鬱陶しい。帰ったらばっさり切ってしまおう、焦点の合わない瞳を彼に向けたままそんなことを考えた。おでこに張り付いた前髪に沿って雫が目に入ってくる。ああ、視界がぼやけるのはこいつのせいか。目の前にいる彼の髪もぺったんこになっていて、私より長いその前髪を見て、邪魔じゃないのかなあ、と思った。前髪のせいで目が少し隠れていたけれど、彼の目が悲しそうで、泣きそうで、でも少しだけ嬉しそうなのが分かった。でも彼の瞳を見る私の瞳がどんな風なのかはちっとも分からなかった。

「い・・・か、ない・・・で・・・」

その言葉が自分の言ったものだと分かるのに少しかかった。声が酷くかすれていて気持ち悪かった。自分の口から出たはずなのに遠くの方で聞こえた気がした。ぼやける視界の中で彼が困ったような顔をしているのが分かった。途端、目じりが熱くなって雨よりも生暖かいものが頬を伝うのが分かった。彼が私に近づこうとして、躊躇った。

「すまない。」

そう言って彼はどんよりとした夜の中に消えていった。引き止めたいのに声が出なくて、追いかけたいのに動けなくて。今はもう彼がどんな顔をしてるのかも分からない。

 

口を開けたノアール
必死に伸ばした手のひらは空を切っておちた