彼の大きな背中は目の前にあるはずなのに手を伸ばしてつかまえることも出来ない。 すぐ側にあるはずなのに全然届かなくて、もどかしくて、必死に手を伸ばすのだけれど、それでもあなたは気付いてくれないんだ。 そんなことは百も承知であなたの側にいるはずなのに寂しくって寂しくってしょうがないんだ。 今あなたに一番近いところにいるのはあたしなのに、あなたはもう届くはずもない遠い遠いところへ行ってしまった彼ばかりを見る。 それでもいいと言ったのはあたしなのに、悲しくなって涙が出そうになって、あたしは慌てて顔を隠すんだ。 あなたに気付かれる前に、泣いていることを、寂しがっていることを知られる前に。 だって、気付かれたら、どんなにあなたが悲しい顔で「あいしてる」って言うか分かってるんだもの。 そんな顔見たくないし、上っ面だけの言葉なんて欲しくないから、あたしはあなたの前では笑顔でいると決めたんです。

「ゲンマさん、そろそろ行かないと任務に間に合わなくなっちゃいますよ。」
「ん、もうそんな時間か。」
「また火影様に怒られちゃいますよ。只でさえ最近遅刻多いんですから。」

はいはい、と苦笑しながらゆっくりと立ち上がる彼がなんだか前よりも小さくなったような気がする。 立ち上がってから、もう一度碑に向き直り、目をつぶって何かを祈るように呟いている彼の横顔を綺麗だ、とも思うし、悲しいとも思う。 何を祈ってるのか聞いたことはないし、聞いても教えてくれないのだろうけど、誰に祈ってるのかくらいあたしにだって分かる。 どのくらいの時を彼と過ごしたのだろう。どれだけの思い出を彼とつくってきたのだろう。 彼の骨が目の前で焼かれていき、辺りが線香の匂いと花の匂いに包まれていたとき、この人は何を思っていたんだろう。 ハヤテさん、あたしはどうすれば彼を笑顔にさせられる?どうすればあなたを思い出にすることが出来る? 今ゲンマさんの一番近くにいるのはあたしなのに、あの人はあなたの面影ばかり追うんです。 毎朝、毎朝、ずっと碑の前に座って、あなたの名前をじっと見つめているんです。 おかげで遅刻が増えました。あなたといた頃の彼じゃあ考えられませんね。 今の彼を見たらあなたは笑うでしょうか、怒るでしょうか、悲しむでしょうか。 おかしいですね。結局あたしまであなたのことばかり考えているなんて。 矛盾していることなんて分かっています。あたしはゲンマさんが好きで、ゲンマさんは今でもあなたが大切で、そんなあなたをあたしは勝手に憎むこともあったけれど、 結局なんとかしてくれるのはあなたしかいないと思っているんです。 おかしいですね。馬鹿みたいですね。助けてくれるはずのあなたがいないから、あたし達はいつまでも同じ輪のなかをぐるぐるぐるぐる廻っているんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなあたし達を
    笑ってください。
(08.03.21)