がちゃん


屋上の扉を開けるとそこにはアイツがいた。自分の身長よりやや高いフェンスに手をかけて、その細い腕に自分の体重を全てあずけていた。黒いローファーは灰色のコンクリートから50センチくらい浮いていた。膝上15センチくらいにあるスカートは風がふくたびひらひら揺れて、おんなじようにソイツの肩くらいまである真っ直ぐな髪もさらさら揺れていた。


多分、絶対、今こいつの背中を押したら5秒後くらいには死んでるんだろうな、とぼうっと思った。



心臓
の鳴らし方を忘れた



 
ぼうっと考えている間には腕が疲れたのかフェンスから手を離し、俺の前に降りた。くるりと振り向くと俺をじいっと見てきた。そのマジックで塗りつぶしたような真っ黒な瞳にどんなふうに俺が映っているのか俺にはさっぱり分からなかった。ひとつ分かるのはは俺の瞳にとくにどうとも映ってはいなかったことくらいだ。


「今飛び降りようとしてた?」
「・・・ ・・・ 飛ぼうとしてたんだよ。」
「空を?」


「土方ってばか?」


さっきまで俺を見てるだけだった目は、変なものを見る目に変わっていた。他に何があるんだと言わんばかりの顔だった。異世界へ飛ぶとか、意識が飛ぶとか、クスリで飛ぶとか、俺は他にも色々あると思うのだけど、の「飛ぶ」は空限定らしい。


「どうやって飛ぶんだ?」
「鳥みたいに。」


ふーん、そう言って先程が乗っかてたあたりをぼうっと見た。高い建物が近くにないこの学校ではただ広がる真っ青な空だけが見えた。なるほど、確かに飛べそうだ。心地よい風が吹いて前髪が揺れる。名前の分からない白い鳥が翼を真っ直ぐに広げ旋回している。両手を広げて地面を蹴ったらあの鳥のように風にのって飛べるのだ、と俺の心はほぼ確信していた。そう思うことにさほど時間はかからなかった。
俺は振り向いてに笑いかけた。も俺を見て笑った。学校のチャイムがとても遠くで聞こえる気がする。俺たちはそろってフェンスに手をかける。よじ登って、幅が靴一足分くらいしかないコンクリートの出っ張りに並んで立った。俺たちが飛べることは確実だった。下の方で俺たちを見て指差したり、叫んだりする人間が増えてきた。そんな低いところにいないで「飛べ」ばいいのだ、と思った。鳥も雲も見下ろせるくらい高いところに行けばいいのだ、と思った。


ばたんっっ


後ろで扉が勢いよく開いた音がする。続いて教師や生徒数人の悲鳴に近い声が聞こえた。「早まるな!」「やめろ!」「馬鹿なことをするな!」止めることの意味が分からなかった。何がばかなことなのか分からなかった。ふう、俺はひとつため息をついてを見た。も俺を見てそれから笑った。


「行くか」


ぐっ、と足に力を入れて 思いっきり両手を広げて あほみたいに笑顔で とん、と地面を蹴って ふわり、と宙に浮いて それから

世界は反転してみせた

ひとがとべるわけないだろう
                                                           (08.07.20)