「桂さん。」 はいつも俺の名前を呼ぶときは嬉しそうに笑っていた。昔、どうしてそんなに嬉しそうなんだ、と聞いてみたら「だって桂さんが其処にいるんだもの。」と 嬉しそうに答えた。俺にはその言葉の意味がよく分からなかったけれど、がとても楽しそうに笑うから、分からなくてもいいのだ、と思った。 暖かな日も、雪の降る日も、賑やかな日も、二人だけの日も、はいつも同じように、変わらない笑顔で俺の名前を呼んだ。 不思議と、それだけでとても幸福な気分になった。これから先もはずっと同じように俺の名前を呼ぶのだろうな、と思った。 悲しいときも、辛いときも、俺の顔を見れば、笑顔で、子犬みたいに駆け寄ってきて「桂さん」そう言うのだろう。そう信じていた。それが当たり前だと思っていた。 「。」 俺はの名前を呼ぶときはとても穏やかな気持ちになった。俺が名前を呼んでやると、は嬉しそうに、恥ずかしそうに笑うから、 俺は幸せな気持ちでいっぱいになるのだった。名前を呼んだときはいつも「はい」と目を輝かせて返事をした。 どうしてそんなに嬉しそうなんだ、と聞くと「だって私が此処にいるんだもの。」と嬉しそうに答えた。俺にはその言葉の意味がよく分からなかったけれど、 俺もが其処にいることが嬉しかったから、分からなくてもいい、と思った。これから先も俺は同じようにを呼んで、も同じように返事をするのだろうな、 と思った。疲れているときも、忙しいときも、名前を呼べばすぐに駆け寄ってきて話をしてくれるのだろう。そう思っていた。変わるはずがないと思っていた。
それなのに、 それなのに、どうして今の手はこんなにも冷たいのだろう。どうして名前を呼んでくれないのだろう。どうして返事をしてくれないのだろう。 いつも白くて綺麗だと思っていた肌が、どうして今はこんなにも赤いのだろう。どうして、 俺の名前を呼んでくれ。お前が名前を呼んでくれないと、俺が此処に居ることを誰も教えてくれないじゃないか。 お願いだから返事をしてくれ。お前が返事をしなかったら、お前が此処に居ないことになってしまうじゃないか。 お前が傍に居なければ、俺は俺じゃなくなってしまうんだ。だって、君が傍にいることが当たり前だと思っていたから、これから先も離れることは無いと思っていたから。 安らかな笑みを浮かべるは、今にも動き出しそうで、目を細めて笑いかけてくれそうで、 「。」 俺はいつまでも返事が帰ってくるのを待っていた。 |