熱い。焼けるように熱い腹部と、冷えた廊下に当たって冷たくなった頬や手足が、まるで別々の世界にあるように感じる。どろどろと腹の辺りから何かが流れている気がするが、もうソレが何なのかもわからない。熱いのか、冷たいのか。それとも痛いのか。意識が朦朧(もうろう)とし、それさえも分からなくなる。息をすることさえ辛くなり、ひゅう、と乾いた音がノドのあたりから聞こえた。着物が腹から流れる液体を吸って気持ち悪い。もう何かを考えることすら億劫になり、意識が飛びそうになった瞬間、ふと、目の前に人がいることに気付いた。



「だ・・・・・れ・・・だ・・・・・・・・・。」



声が掠れ、一言を発するのが精一杯だ。相手にきちんと届いているのかも怪しい。



クスり



ぼやける視界の中で、誰かが笑ったのが分かった。もう熱も痛みも感じなくなっている。目も前の誰かはクスクスと静かに笑う。とても楽しそうに、嬉しそうに。その笑い声につられるように飛びかけていた意識がだんだんと戻ってくる。ぼやける視界のピントを合わせようと目を細める。ズキン。意識と共に痛みまで舞い戻ってきたようだ。相変わらず流れ続ける赤黒い液体を見て、思わず苦笑が漏れた。一体いつまで流れれば無くなるんだと聞きたいくらいだ。



「土方さん。痛い?苦しい?・・・死にたい?」


目の前の誰かは、さも楽しそうに聞いてくる。そして、――――その声の主を俺は知っている。

半年前、身寄りもなく街をうろついていたをお人好しの近藤さんがつれてきた。はすぐに真選組に溶け込み、剣の腕も上達していった。・・・「土方さん」あいつは俺をそう呼んだ。「副長」以外の呼び方をしてくれるのは近藤さんと総悟(あと万事屋)くらいだったから、なんとなく嬉しかった。口が少し悪く、よく総悟と言い合いをしていた(楽しそうだったけど)。俺たちはを妹のように可愛がっていた。



間違いない。意識がだんだんと鮮明になり、視界もはっきりしてきた。目の前にいるのは紛れも無く、その妹のように可愛がってきたはずのだ。いつものように笑って、俺を見つめる。目の前の状況を把握しようと必死に記憶を手繰り寄せる。



「土方さん、死ぬの?」


その声が合図だったかのような突然のフラッシュバック。
屯所の冷たい廊下。部屋へ行こうと廊下を歩く自分。後ろから呼び止められ、振り返ると、月に照らされて青白い顔をしている。「土方さん。」澄んだ声と艶かしい唇の動きに、一瞬気をとられ、一瞬違和感を覚える。「どうした。」そう言おうとして口の動きがとまる。目の前にいるのはいつもと変わらない笑顔で自分の名前を呼ぶ。いつもと変わらない声と姿。ただいつもと違ったのは、その手に握られた銀色に妖しく輝く刃。「土方さん。」もう一度名前を呼び、にこり、と笑う。瞬間、恐怖が俺を包みこむ。肉が切れる音がして、目の前には新鮮な赤色をした血が飛び散る。目を丸くしての方を見れば、そこには相変わらず笑顔のままの少女がいた。


「さようなら。」その声だけが妙に大きく響いた気がした。



「どう・・・・し・・・て・・・・・・。」

声が出ない。掠れて老人のような声が出てくる。自分の中にいる誰かが話してるんじゃないかとさえ思えてくる。





「私は高杉さんのためなら何でも出来るの。」



高杉。その名前を聞いた瞬間、やっとが俺たちを初めから殺すつもりだったことに気付いた。ああ、そうか。そういうことなのか。俺たちはずっと騙されてたってわけか。なんだ、そうか。そうなのか。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうして。



「土方さん。」



意識を手放す瞬間に見えたその笑顔は俺への同情か、あいつへの愛か。






もう名前を呼ばないで








(08.03.12)