神さまは笑わない
「ラビ、」
私が彼の名前を呼ぶと、ラビは「何さー?」と微笑みながら返事をした。私が「なんでもないよ。」と笑うと、ラビは「えー」とほっぺを膨らまして拗ねたような顔をしたけど目は相変わらず笑っていた。そうやって彼が笑うたびに私は心がどんよりとする。どうしてか私は彼の笑顔を好きになれなかった。彼と初めて会った時も、彼はにこにこと笑っていて、一緒にいたリナリーは「お日様みたい。」と嬉しそうに笑っていた。確かに戦争のなかで何時も笑顔でいる彼は、みんなをも笑顔にするお日様みたいな人なのだと思う。ただ私はその笑顔を初めて見たとき、ああ違う、と思った。その笑顔は本物じゃない。彼はちっとも笑ってない。そう、思った。


「ラビ」
私は再び彼の名前を呼ぶ。でもそれは本当の名前じゃない。ここにいる間だけ呼ばれる名前。49番目の偽名。もしかしたら彼はもう本当の名前なんて覚えていないかもしれない。そもそも彼の名を呼ぶ人間がいなければ、彼に名前なんてものは必要ないのかもしれない。
「どうしたんさ?」
もう一度私が呼んだことを不思議に思ったのか、今度は笑顔じゃなくてきょとんとした顔で返事をした。あたしは彼の顔をじっと見つめ、間を置いて口を開いた。
「ラビは私たちの味方じゃないよね。」


「何言ってるんさ。俺はエクソシストで、教団はホームで、みんなは仲間、だろ?」


「うん、そうだね。今は、そうだね。」


「何が言いたいんさ。」


表情こそ先程とさほど変わってはいなかったが、彼の機嫌がだんだん悪くなっていることに私は気付いた。彼は私の瞳をじっと見つめてきた。眼帯に覆われた方の目が、私の心の中を覗いているのではないかと思った。片方の目では表情を作り、もう片方の目では人を疑り、本音を覗こうとしている。きっとそうすることで彼は生きてきたのだ。そうして真実だけを記録する。自分のことは嘘で塗り固めて。
ああ、そうか。だから私は彼の笑顔が嫌いなのだ。その笑顔はうすっぺらで、剥がしたらそこには無表情な彼がいるだけ。彼の名前と同じだ。偽者の名前、偽者の表情。今は「黒の教団」の「エクソシスト」の「ラビ」。
じゃあ、その後は?
また別の名前で呼ばれて、得意のその笑顔で人々に溶け込んで、そしてまた言うの?「みんな仲間だ」って。凄いね、そしたら君の仲間は一体何人いるんだろうね。それともその時には私たちはもう仲間なんかじゃないのかな。もしかしたら「仲間」って言葉すら嘘っぱちで、「記録の対象」ぐらいにしか思っていないのかもね。ね、ラビ、

「あたしやっぱりあなたのこと嫌いみたい。」
ニコリと笑って、目の前の彼にそう告げると、彼はまた私の嫌いな笑みを浮かべてとても嬉しそうに言った。




「それは残念さー。」



Pierrot