ここのところ教団には不穏な空気が流れている。それもそのはず。エクソシストが1人消えたのだ。最後の任務後、コムイさんに報告した後から、神田は行方不明になった。部屋にも手がかりと思われるようなものはなく、殺風景なその部屋にはコートと六幻が置かれていた。教団総動員で探したけれど、何も見つからなかった。 そして、それを境にも研究室にこもったまま出てこなくなった。
人類冷凍保存計画
目の前に在る光景は容易には受け入れられない。もし何かの冗談ならばとんだ悪趣味だ。笑えない。目の前に居る彼は生きているのか死んでいるのかも分からない。ただ、美しく着飾られた彼の肌は驚くほど白く、まるでガラスケースに収められた人形のようで。 そう、 人形のようだ。 そう思った瞬間、悪寒が走り、僕は凍りついたように動けなくなった。知らせなければいけない。皆に、早く言わなければいけない。何より、此処に居たら僕が僕でなくなる気がした。脳はこの部屋から出ろ、と信号を送っているのに身体が言うことを聞かない。 ガチャリ、 開いた扉の先に見えた彼女を見て、僕の心には分けのわからないドロドロとした気持ち悪いものが込み上げてきた。其れが嫉妬なのか恐怖なのか愛なのか、さっぱり分からなかった。 「ダメだよ、アレン。あたしの研究室に勝手に入っちゃ。」 「。やはりあなたが神田を、」 綺麗でしょう、彼女はうっとりと神田を眺めてそう言った。心底嬉しそうに、幸せそうに。まるで人形のような彼を、彼女は愛おしそうに見つめている。その陶酔しきった瞳は、もう世界の秩序を捉えてはいないのだと僕は悟った。 「神田は、死んでいるのですか。」 「ううん、仮死状態よ。このケースは私が開発したの。これさえあればユウはずうっと綺麗なままでいられるの。そして私が居なければ生きられない。一生美しい姿のままで私の傍に居るのよ。」 素敵でしょう。 何が言いたいのか分からない、何が素敵なのか分からない。けれど彼女の声は僕の脳内に甘く響いて、僕はまるで全身が麻痺したように動けず、ただ彼女の嬉しそうな笑顔を見つめるばかりだ。 彼女はゆっくりとケースに近付くと、其れをとても大事に、愛おしそうに撫でて微笑む。 「ユウ、愛してるわ。」
歪んでいる。彼女は歪んでいるんだ。彼女が愛しているのは神田そのものじゃない。彼女は美しさに心惹かれているだけなんだ。きっと生きていようと死んでいようと、美しければどちらでもよいのだ。けれど、彼女の理想に反して、人や世界は歳をとっていくものだった。時間が限られているからこそ、より美しく見えるのに。彼女は其れを、世界を否定したのだ。その結果がこれなんだ。ケースに収められた神田を見る。まるで人形のようだ。人形のように美しい。けれど、僕にはその顔が歪んで見える。悲しみと辛さで歪んでいるように見えるのだ。彼女は自分の望みを叶えるために彼を殺したんだ。それは、命を奪うとか言うことではなくて、意思や想いや、人としての彼を殺したのだ。 先程まで僕の心を支配していたドロドロとした感情はいつの間にか消え去っていた。替わりに、其処には虚無だけがある。 「アレン、あなたも、美しいままでいたいと思わない?」 穏やかに綺麗な笑顔を浮かべて話す彼女を見て、僕は吐き気がした。 |